ピティナ50周年によせて

ピティナ50周年記念コンサートが、2017年2月28日に、池袋の東京芸術劇場で開催されます。(この記事の投稿時点では、まだチケットがあるようです。詳細はこちらのページをご覧ください。)私ももちろん、日比谷ゆめステーションのスタッフと一緒に、参ります。

私自身、50年のうち30年、ピティナにお世話になっています。思い出話ではありますが、ピティナとの出会いなど、少しご紹介させていただきます。

ピティナを知ることがなければ、今の私はあり得ませんでした。いわゆる「町のピアノの先生」として、近所の子どもさんに趣味のピアノを教え続けていたのではないか、と思います。

それはそれで、一つの道ではあります。あえてその道を選択するのも、良いと思います。ただ、当時の私には、ほかに選択の可能性があることが、見えていませんでした。その可能性を見せてくれたのが、ピティナでした。

ピティナに入会したきっかけは、芸大の同期だった友人に誘われたことでした。声楽科出身の友人は、当時ピティナの連絡所を運営していました。連絡所を支部に格上げするにあたり、ピアノ科出身のスタッフがいた方が望ましいということで、副支部長にならないかと誘われました。

ピティナという団体が、どんな団体なのか、まったく知りませんでした。勧められたものは、まず試してみて、それから判断することをポリシーにしていましたので、言われるままにピティナに入会しました。1986年、ピティナが20周年を迎えた年のことでした。

その後、私は生徒さんがコンペティションで好成績を収めることで、知られるようになっていったのですが、これも当初は想像すらできないことでした。

それまで、生徒さんが人前で演奏する機会といえば、発表会のみ。1曲を準備するのがやっとでした。4曲も演奏するコンペティションなんて、はなから無理だと思っていました。

支部のお手伝いをする中で、「副支部長なんだから、生徒さんをコンペティションに参加させてみたら?」と言われたことから、入会2年後に初めて挑戦しました。

ふたを開けてみたら、参加した2人のうち1人は全国大会へ出場。もう一人も本選で優秀賞を受賞しました。このとき、「自分で勝手に『無理』だなんて、決めつけてしまってはいけない」と、心の底から感じ入りました。

それ以来、毎年コンペティションに生徒さんが参加し、全国大会にも出場するようになりました。とはいえ、その道のりは平坦なものではありませんでした。

自分なりに音楽を追求し、それを指導にも反映させていたつもりではありました。けれども、0.01 点の差で合否が決まることもあるコンクールの世界で、生徒さんの演奏のどこが甘いのか?言いかえれば、自分の指導に何が足りないのか?解答集のない問題集を解くような、手探りの学びでした。

生徒さんが受け取った講評を研究し、読み解くことで、少しずつ解きほぐしていきました。さらには、活躍なさっている先生方のお話を伺ったり、講座に出席したりするなかで、学びを深めていきました。

学ぶ機会、学びを活かす機会を与えてくださるピティナには、感謝してもしきれません。