「魔法のレッスン」の、もう一つの秘密は、基礎を大切にすることです。
一例として、脱力が挙げられます。
ピアノの上に、ベチャっと指を置いてみてください。
一瞬音は鳴りますが、平らで、伸びの悪い音しかしないと思います。
ピアノを響かせるためには、打鍵と同時に手の力を抜くこと、つまり脱力がとても大切なのです。
力を抜くことと、しっかりと音を出すことを両立させるためには、手の形、指の形が大切になります。
そして、これができてこそ、感情を指先に伝え、美しい演奏ができるようになるのです。
美しい音に欠かせない脱力を分かりやすく指導するのが、渡部 由記子オリジナルの「指の指定席」です。
美しく響く演奏ができるかどうかを、「センスの有無」のような漠然とした根拠に頼るのでなく、
「どうしたら美しい音が出るのか?」→脱力が必要
「どうやったら脱力できるのか?」→指の指定席を決める
と分析し、誰でもできる具体的な方法に落とし込んでるところが、「魔法のレッスン」の、魔法の一つなのです。
たとえば、お子さんの小さな手では、右手の「親指をド」「小指をソ」に置いておくのは、大人で言えばオクターブに指を届かせるようなものです。
手を大きく広げなければいけません。
今、手を大きく広げてみてください。指が棒のように伸びきった状態になりますよね?
指がガッチリと固まったこの状態で鍵盤を叩くと、冒頭に挙げた例のように、ベチャっと平べったい音になってしまいます。
これを防ぐためには、弾いていない指が、弾いている指の近くに来るように心がけることが大切です。
右手の親指が「ド」を弾いている時に、小指が「ソ」ではなく、たとえば「ミ」にあると、自然と脱力しやすくなります。
指の位置を近づけて脱力しやすくするよう「感性で心がける」という漠然とした方法では、よほどセンスのある方しか身につけられません。
私の指導では、弾いていない小指も、具体的に「この時は、ソの位置」と決めます。
これが渡部 由記子オリジナルの「指の指定席」です。
生徒さんの手の大きさ、曲に応じて、それぞれ「指の指定席」を決めます。
「指の指定席」は、曲に取りかかる当初から決めておくことが望ましいです。
課題曲などを、かなりご自分で練習なさってからレッスンにいらっしゃる場合、「指の指定席」の望ましい場所とは違った指の位置を、身につけていらっしゃることが、ほとんどです。
この場合、「指の指定席」を身につけていただくためには、それまでご自分で身につけられたことを、変更することになります。
いったん身についたやり方を変えるのは、何も身についていないところから始めるよりも、労力も、時間もかかってしまいます。
それゆえ、なるべく早い段階からレッスンにいらして欲しいとお願いしております。
もちろん、私のやり方でなければ、よい演奏ができないわけではありません。
ただ、35年以上ピティナ・ピアノコンペティションを経験するなかで、毎年、指導者賞を受賞し、通算で全国最多の330名ほどの生徒さんが全国大会に進出し、その6割が入賞するという実績をあげているのは、一般的に「センスの有無」で片付けられてしまうことを、誰でも身につけられる具体的な方法に落とし込むことができているからだと思うのです。
それゆえに、私は生徒さんのレベルを問いません。
これまでにコンクールで良い成績を修めていらっしゃるとか、そのような実績は必要ありません。
今、どんな状態の方であっても、歓迎しています。
なお「指の指定席」の具体例は、下記の本に掲載しております。
渡部 由記子メソッド3 導入指導編:両手奏と読譜のコツ
バイエルなど5曲を例に、読譜から片手ずつの演奏から音楽表現をつけての両手奏に至るまでを10段階に分け、それぞれの段階を積み上げていけるよう、具体的に解説しています。
第5段階「片手の部分練習」の項目で
「第1小節。右手親指はファを弾く。その時、5指はシの上に置く」(p.49)
などと、一つ一つの小節について、「指の指定席」を記載してあります。